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「BLACKBIRD」内野聖陽 ブラックバード

評価:
ウラジーミル ナボコフ
新潮社
¥ 900
(2006-10)

評価:
---
ワーナー・ホーム・ビデオ
¥ 1,248
(2008-09-10)

評価:
---
東和ビデオ
---
(1999-12-17)

http://www.umegei.com/s2009/blackbird.html

http://ent.pia.jp/pia/event.do?eventCd=0902302&perfCd=&showTyp=1&vacantSeatFlg=1&monthIndex=200907

http://www.youtube.com/watch?v=BfEda-ZYpEI

http://www.youtube.com/watch?v=Ge9qsKLXVKM

http://www.youtube.com/watch?v=0sA6SWrP_q8

[劇作・脚本]デビッド・ハロワー [演出]栗山民也 [翻訳]小田島恒志 [出演]内野聖陽 / 伊藤歩

友人のおかげで、ちょっと面白いお芝居に遭遇^^
ちょっと?う〜む、ちょっとではないですね。
友人は、「みみず」に似ていると言ってました。


ウッチーはスゴイってことを再確認…というか、進化を確認させられました。

予備知識なして観に行きました。
ただ、知っていたのは、
内野聖陽さん演ずるピーターが、かつて少女を誘拐し、犯罪に問われたこと。
この舞台は、その数年後、大人になった少女と向かい合う…ということ。

開演を知らせるベルが鳴ったでしょうか?

客電が落ちて、舞台の照明が点くと、もう緊迫の空気でした。

私は、高校生の頃に「ロリータ」という小説を読みました。
ロリコン(ロリータ・コンプレックス)の語源となった小説だと聞いたからです。

衝撃的…だったかなあ、
私にはそこまで理解できなくて、確か途中で投げ出してしまったように思います。

ロリータ(ドロレスの愛称)のことを、
欲しくてたまらなくなったおじさんの悪戦苦闘の独白…という印象が残っています。
私には、ギャグにすら思えました。

それだけに、今回はピーターの気持ちを探るのに、この独白が多いに役立った気がします…。

「役立った」と断言できないのは、「ロリータ」と違って、
「ブラックバード」は、独白ではないので、外側から見たピーターを探るしかないからです。
それでも、舞台は現実ではないから、
観客に見せたい気づいてもらいたい「意図」のようなものがある気がするのです。
全部の観客が同じ答えには辿り着かないかもしれないけれど、
ある一定の方向には導かれそうなものです。

ところが、これが、全て観客に向かって放り出されている感じ。
「真実は薮の中」という状態。。。

あ、そういえば、以前にこの世田谷パブリックシアターで、
『薮の中』を見たのでしたっけ。
内野聖陽さんと高橋恵子さんと(=関根恵子と分かる人はかなりの年配^^;)
若松武さん。

薮の中もブラックバードも私の中で共通しているのは、
これが現実で、自分が真実を見極めなければならない立場にいたら、
どう判断するのだろうか?です。
薮の中は、ご存知の方も多いと思いますが、
一体誰が殺したのか?はたまた自殺だったのか?
当事者三人の話を聞いても、
というか聞けば聞くほど分からなくなっちゃうんですよね。
舞台なんて、見終えて「良かった〜」「でも誰が犯人なの?」
で良いのでしょうけど、私は舞台は現実のエッセンス(濃縮物)だと思っているので、
自分の現実を把握する能力開発の学習…?なんか、変な言葉ですけど、
そういう現実を把握する為の絶好の機会、材料、手がかりなどであろうと思うのです。
だから、私にとっては「よく分からなかったけど、面白かった」では終わりにしたくない!

というわけで、舞台は現実と違って、
何かを伝える、人に見せる、という意図がありますから、
分かり易く再構成されているハズ(演出家の手を通すことで)なのに、
それでも、混沌としてしまいました。
もちろん、演出家によって分かりにくくされるのかもしれませんが、
それは、現実に謎をプラスする、などという非現実なことではなく、
ただ、より現実に近い演出をする、ということだと思います。

自分の目の前で起こっている現実のなんと分かりにくいことか!

ブラックバードもまさにそれで、二人の主張を聞いて、見て、フムフム…と。




*********以下ネタバレです**********





多分、私が「見えた」と思うものは、
割と平均的で、多くの人もそうであろうと思うのです。
私の特徴は、平均・平凡であろうと思います。
流行のモノを知るのも、最先端でもなく遅すぎもせず、
大体世間で話題になっている頃だし、
通信簿が全部3だったこともあります^^;我ながら驚いた!

そんな私が見たのは…

最初はねえ、女の子の方が勢いがあるのです。
ピーターはたじたじ。
出所して、堅気になって、真っ当な職についているピーター、
名前も変え、引っ越しもし、
そんなピーターにとって、
過去の犯罪の結果が現れるのは実に迷惑なんですね。
しかも、職場に。。。

ところが、かつての少女、今はミニスカートでなかなかなセクシー美女、
しかもまだ22歳(だったかな?)と、若く、
まあ、女性としては、最も輝く年頃でしょうか。

そんな若い美女が、突然職場に現れてピーターは困惑しています。
大変に人目を気にしています。

とにかく、早く帰ってもらいたい。
しかし、少女の追及の手は緩まない。
彼女は、まだあの「事件」を自分の中で消化しきれていないのですね。
事件後も同じ街に腫れ物に触るような両親と共に住み、
「あの事件の子」のまま時間を過ごしたに過ぎない。
だから、整理をつけて、未来へ進むためにも、ピーターと直接対決するしかなかった。
…のだろうと私は思いました。

少女の厳しい追及に、ピーターも少しずつ折れて、
序々に少女の話題に乗ってくる。
あの時、二人の身に起こったこと、
それぞれがその時に何を思い、感じたのかを告白し合う。

「あれ〜歳の差はあって、しかもそれが12歳という幼すぎる少女ではあったけれど、
確かに少女は早熟すぎたかもしれないけれど、
この二人って『純愛』だったんじゃないの〜?
周囲が無理解で引き離しただけで、もう少し暖かく見守ってあげたら、
歳の差カップル程度で、今は笑い話にできたのでは?」

なんて思う頃、二人は熱烈な……はうあああ!?
私、この場面かなり正面だったので、
えええ?舞台なのに、このまま突入しちゃう?
えええ?どこまでいくの?と一人静かに大興奮!!
そうですね、脳裏をよぎったのは『危険な情事』のキッチンのシーンかな。

ところがです。そこまで盛り上がっておいて、ピーターは辞めちゃうんですね。
おいおい、確かにファスナーに手をかけた筈だぞ、うっちー!!!!

これを、この時の私はピーターの優しさとか理性だと思いました。

だから、この時は二人の悲恋に同情する気持ちというかねえ。。。

さて、こっから先は、未見の方は読んではいけません!
とても大切です。













ラストに向かって、怒濤のように、現在のピーターの姿が現れます。
ピーターは既に結婚しているんですけどね。
相手は子連れのおばさんだそうです。

なんと、その娘が登場するのです!


えええ?これって「二人芝居じゃなかったの?」
まあ、三人芝居というボリュームではないから、声だけでも良いくらいで…
でも、いや、ここに本物の美少女が現れることで、
客席にとんでもない激震が走りますねえ〜〜^^;

おいおいピーター「今度はその子かい」(ここアブロンシウス教授で^^;)

ピーターが事件の少女との出会いの心境を語り、
そういう犯罪者(ロリコン)と自分がいかに違うかを語るあたりから、
前述のナボコフのロリータがずっと私の頭にあったのですが、
ココへ来て、美少女の連れ子付きのつまらない中年女と結婚する…という手口は、
まさに「ロリータ」の世界そのもの!ではないですか!!

そして、連れ子も義理の父に見せるとは思えないそこはかとない媚態を見せる。。。
おい!その子供絶対怪しいぞ!…と思ったのは私だけではなくて、
事件の少女も、他の観客も…だろうなあ〜

でもね、でも、それでも、結局分からないんです。
ピーターがロリコンなのかどうか?
ずっとピーターの言動を追っていた筈なのに、
でも、純愛のような気もするし、
連れ子が勝手にピーターを追いかけているだけのようにも見えるのです。






*************************************





もしこれが「裁判員裁判」だったらどうしよう?
って、私は思いました。
私、裁判員制度には賛成なんです。
民主主義は一人一人が主権者で、
構成する社会に対して、義務と責任を負うものだと思います。
ハプスブルク帝国時代に、フランツが一人で負い、
シシィが「重いネックレス」と思った、あの「義務ってヤツ」ですね。
だから、裁判員となったら、
この重い義務も負わなければならないだろう、とは思っています。
(もちろん、現在のままでは不備が多すぎるとも思いますが、それはまた別の機会に)

しかし、このピーターが見せた現実。
現在のピーターは、具体的に法律に触れたことをしたワケではありませんが、
舞台を見たものとして、ピーターを有罪と捉えるか?無罪と捉えるか?

まるで『薮の中』なのです。

そして、これが現実なのだろう、と。

「真実なんて無い」というのはM!モーツァルトの中の歌詞でしたっけ?

確かに目の前で起こって、確かに自分の目で見たのに、
それでも、自分に見えたものって一体何なんだろう?

視点を変えて考えると、
え?気にしていたのは職場の人目じゃなくて、現在の家族?とか、
ファスナーにまで手をかけたのに止めちゃったのは、
理性とか、思いやりじゃなくて、単に彼女が成熟した女だったから?
という疑問も湧いてくるし、しかし、そうか、そうだったのか!
きっとそうに違いない!
という単純な答えには辿り着けなくて、
なぜなら、内野聖陽演ずるピーターが本当に実在しているから。
いえ、このブラックバードという作品が、
ドキュメンタリーであるとか、ノンフィクションであるという意味ではなくて、
あの板の上の内野聖陽は「客にこう見せよう」というピーターを演じていたのではなくて、
ピーターそのものであったのだろうと思います。
本物のピーターだから、騙そう誤摩化そうと、これは本音、
といったモノがゴタマゼ(欲望とい名の電車のブランチ^^)で、
つまりは、それが実在する生身の人間である、ということなのだと思います。
内野聖陽はスゴイ役者だと思いました。


こんな不確かな自分と隣人と、そういうもので社会は構成されているのだ…

というのが、演出家・作家・役者からのメッセージなのか???





 
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祐一郎さんじゃないけれど…色々 | 12:13 | comments(0) | trackbacks(1) |

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内野聖陽 ブラックバード 感想
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